切り取った青い空

 さてネガ2号が欲求不満な夢に苦しんでいるのとは別に、
 今日はポジくんのむかしむかしの話をしよう
 それはとても古い話で、ポジくんは今のポジくんですらなかった頃の
 お話になる。(でもここではその昔のポジくんの名前もポジくんとするよ)

 ポジくんは町の東にある高台がとても好きだった
 うっそうとした木々を抜けると広めの草原があり、
 そこから町が見渡せた。巨大な町ではなく、こじんまりとした
 小さな町だ。中心部にはそれでも少しは派手目の建物が並んでいるが
 それもほんのちょっとで、あとは石造りの家と、商人たちの店。
 建物はどれも石造りだ。これはむかしむかしの話なので
 まだまだ今のように高いビルディングはどこにもないんだね
 空は広く今よりもずっと青い。黒に近い青の空。

 ポジくんはよくそこから町を見た。日が昇る頃のときもあったし
 昼間友達と来ることもあった。そして日が沈む頃や、内緒だけど
 真夜中にこっそりやってきたことだってある
 季節によって色を変える木々の美しさに心動かされたし
 草原で見る小さな花や草や昆虫たちもポジくんの心をとらえた
 空は毎日違った色を見せ、夕焼けが一度だって同じだったことはない
 ポジくんはその様子を一瞬も見逃すまいと、いつまでも眺めた
 そしてポジくんが1番好きだったのは、町の景色だった
 基本的には似ているのだけど、それぞれ個性をもった家屋や
 立ち上る煙や色にあふれた旗(それはお祭りのときによく見られた)
 そこに住む人々の姿までは見えないが、そこからただよう
 生活の匂いがたまらなく好きだった。
 そうゆう時ポジくんはすべてを愛しく感じた
 この町に住むすべての人も物もたまらなく愛しかったし大切だった。

 ぼくの今のこの気持ちは、きっと、書き記すことも出来ないし
 絵にすることも出来ない。何かにおさめることなんて出来ないんだ
 だからぼくは、このすべてを忘れないように、瞼の裏に、
 ぼくの毛の1本1本に、心に、焼き付けるんだ。

 ポジくんはいつもそんな風に思ってた
 彼は世界を愛した。愛するって言い方はちょっと違うかもしれない
 ただとても好きだったんだ。世界そのものと、そこに暮らす人々。

 不穏な動きが始まったのは、ポジくんが10歳のときだった

 それはうまく言葉では表現できないものだったけど
 明らかにこれまでには1度もなかったもの。
 その頃は今のように科学は発達してなかったけれど
 それぞれの精神性はとても高かったので、
 現代で言うテレパシーのようなものはみんな普通に使えたし
 殺しや争いもなかった。家族は形式的にはあったけれど
 血が繋がってなくっても、みんなが家族みたいに仲良しだったんだ
 寿命もとても長かったし、死ぬときは病気で死ぬんじゃなく
 不慮の事故やほんとの寿命で死ぬのがほとんど。
 だから、そのおかしな空気のとき、誰もそれを説明することが
 出来なかったし、どう感じていいのかすらみんな分からなかった
 でも人々は皆そのことに不安を抱きはじめていた
 気持ちが素直なぶん、その不安はまたたく間に町全体に広がった
 そして、徐々にその不安は形を帯びていった
 「絶滅」「破壊」という耳慣れない言葉が町中で囁かれるようになり
 人々は皆、大人から子供まで、かなり正確にその意思を汲んだ

 それは「種の絶滅」。

 神々による種の破壊であると理解されるようになると
 ますます人々の不安は募った
 ポジくんはまだ小さくて、その意味がよく分からなかった
 滅ぼすならなぜ作ったのか?全滅させてまた作り直すのか?
 神々は何度でもそうすることが出来るの??
 もっともその問いの答えは大人たちだって分からない
 ただそれが事実であることは、日を追うにつれたしかになった
 大人たちは集まっては何かを話し合うことが多くなった
 ポジくんたち子供は、どうしていいか分からず、
 不安を抱えながらそれまでのように遊んだりしたが、心は上の空。

 ポジくんはいつもの高台に来て、いつものように町を見た。
 町は変わらずそこにあり、空も草もそこにあったが
 すべては不安に包まれて違った色を見せている
 悲しいかなポジくんたちには「なぜ?」という疑問や不安は
 抱けても、恨むという感情はなかった。怒ることもなかった
 だから、誰もが途方にくれいる

 ポジくんたちには宗教というものはなかったが、
 神々の存在は常日ごろから感じるものだったので
 誰もそれについて疑問を持つものはなかった。
 それらは確かに存在するし、この世界を作ったが
 それについて感謝するだとか祈るということはなかった
 それぞれが、それぞれの役割を持って存在していたし
 互いは交流はなくとも、どちらがなくなってもうまく
 まわらないものだと認識していた。
 しかし特別に神々と交信することもなかったので
 その意思は計りかねた。それでも「その日」が近いことは
 誰もが分かっていた。

 ポジくんはそれでも、その高台から見る景色を美しいと思った
 こんなにも不安に包まれ、そしてもうすぐこの世界がなくなると
 分かっていても、それでも世界は輝きを失っていなかった
 そしてただ悲しかった。
 どうして、滅ぶ運命になるのか。
 町も人もこんなに美しいのに、と。

 大人たちの話し合いは結局「種の保存」という結論になった
 ポジくんたちにとって、死は終わりではなかった
 人は死してもなおそのエーテルのようなものは残るし
 そしてまた生まれてくるのだ
 そのことは分かっていても、絶滅は彼らの遺伝子の消滅を意味する
 彼らは、この世界からなかったことになってしまう
 そのことを悲しみ、打開策を練った大人たちは、
 代表者を別の世界に送ることにした
 そんなことしても、すべてを見通す神々にバレるのではと
 思ったが、それはある方の介入のおかげで問題ないと大人は言った
 ポジくんたちには詳しくは教えてもらえなかった

 とにかく、彼らの町で選ばれた代表者が旅立つ夜、
 空には猫の爪みたいな月が付いていて、わずかな光で辺りを照らしていた
 突然のことだったので、みんなろくにお別れも言えなかった
 ポジくんだって、そのお兄さん(テーゼって名前だった)が
 大好きだったし、離れるのは身をさかれるように辛かった
 テーゼは町で1番に聡明で冷静で賢明な男だった
 「むこうで有力な情報と人脈を得て、助けに戻るから」
 そう言って母親や恋人や友人の手を握った
 ポジくんの頭もくしゃくしゃってなぜた
 でもみんなはみんなの心が分かるだけに、それはないと
 もう2度と会えないとすごく分かって、でも誰もそれを口にしなくて
 叫びたくなるほど寂しい気持ちで黙ってテーゼを見送った。
 ポジくんはそのとき初めて悲しくて寂しくて涙を流した
 こんなにも辛く悲しいなんて、はじめてのことだった


 その日、ポジくんのお母さんはポジくんが1番好きな
 赤と黄色と緑の刺繍の入ったシャツを着せてくれて
 家族みんなで朝ごはんにかぼちゃのスープとパンを食べた
 いつものような朝だった
 でも、それが最後の朝になるって、みんな分かって、
 少しだけ元気がなかった

 それでも、僕らは希望を失わない
 たとえ、今日が世界の終わりだとしても。
 必ずまた会えると。何百年経とうと、何千年経とうと
 そのとき理解しあえるように、心に光を持ち続けよう
 どこの世界でも、どんな時代でも、希望が僕らを繋げるんだ
 そして、テーゼが残してくれる遺伝子に命を宿そう

 町の人々は、誰ともなしに町の中心部に集まっていた
 それぞれは笑顔で、親しい人と話したり笑ったりしている
 ポジくんも、友達や両親や近所の人たちと話して、
 はしゃぎすぎてちょっと叱られたりして
 それはまったくそれまでと同じような時間で
 そしてこれからも永遠に続くかのような時間だった

 晴れていて、空は広く青く、どこまでも澄んでいた
 町にはポジくんが好きな色とりどりの旗が風に揺れていた

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