コメとミリ(6)

予定通り与野本町の、友人の勤める会社で働くことになった。ミリとセックスをして以来この肉に過剰に包まれた僕の体はほとばしるような情熱の塊になってしまい、一刻も早く働きたくなってしまっていた。
それはミリも同じようであった。彼女はとり合えずバイト先を探すためにフリーペーパーの求人雑誌を近所からかき集めてきた。そうして穴の開くほど目を通してたまに目が疲れて眉間に皺などを寄せたりしていた。
ミリはなかなか優柔不断な人のようであった。
僕が新しい職場に面接に行った日も彼女は妙なあぐらをかいたままうーんうーんと迷っていた。そして驚いたことに、面接が終わって買い物をしてから夕方ごろ帰宅すると、朝と同じ妙なあぐらをかいたまま同じ姿勢でうーんうーんと唸っていた。あんたすごいなあー。
「まだ悩んでんのかい。そんなに迷うほど面白そうな仕事があるの。」
僕は漸く完治した腕をがんがん使いながら夕食を作り始める。
「うるせえなあニヤニヤすんなよ。えーとね、あたし本屋で働いてみたかったんだけど、ほらこれ、近所のエジソン屋、時給安いんだよね。でもあの店の雰囲気好きだからなあ…。」
「うんうん。他には。」
「えーとね、大宮の熱帯魚屋。あたし鑑賞魚好きなんだ。きらきらしてて夢みたいだもん。サンマとか鯖は嫌いですけど。」
「ふむふむ。」
「あとは新都心のコクーン内の服屋かなあ。」
「本好きならエジソン屋じゃないかね。」
「かなあ。」
「たしかにあの店の雰囲気はいいよね。音楽とか流れてないし。マニアックな本沢山置いてあるし、なによりもミリにピッタリな感じがするけれど。」
「そうですかねえ。まあ米井さんと付き合ってる時点で相当マニアックですからねえ。エジソン屋行こうかなー。」
その晩は鶏の水炊きをポン酢でわっさわさ食しながら、でもなーでもなーと悩むミリの話を聞いていた。
聞きながら僕はずっと、エジソン屋のレジの前でじっと座ってるミリを想像していた。

僕が初出勤の日にちょうどミリもエジソン屋から採用の電話を貰ったらしく、僕が帰宅するとミリはケーキを用意してコタツの前にちょこんと座っていた。
「お!ケーキ!とゆうことは…。」
「いい勘してますね!採用もらいました!」
「おーよかったじゃないですか!ケーキなんて何年ぶりだろーか。」
「奮発しましたよ。」
「え。横の日本酒は?」
「やだ。言ってませんでしたっけ。あたし日本酒大好きなんですよ。普段あんまり飲まないけど、今日は飲む。二人の門出だから、たまにはね。日本酒飲む女の子は嫌い?」
「んなばかな!ミリちゃんだったらうんこ食いますってゆっても笑顔です。」
「ばーか。」
僕らは夕食の鶏の水炊き(昨日の残り)とメンチカツを食べた。それからケーキ方面に移行していこうとしてたらすでに酔っ払ったミリは言った。
「…米井さんほんとにあたしがエジソン屋で働くの喜んでくれてるの。」
「え。なんで。」
「いやだって…時給650円ですよ。きょうびマクドナルドだって700円代超えてますよ。」
「ミリちゃんは金銭的に逼迫した生活は嫌かい。」
「べつにそんなことはないです。あたしが心配してんのは米井さんの負担がでっかくなっちゃうわけですよ、嫌になったりしないですか。」
「生活に。」
「ちがいますよ。あんまり稼がないあたしにです。」
「どはははは!急に何を言い出すかと思ったら!」
「…だって心配だったんだもん。」
「ごめんごめん。ミリちゃんがそうゆう心配するとは思ってなかったよ。僕は裕福な生活なんて望んでないよ。ぎりぎりでもいいじゃんか。切羽詰ってる方がスリルあって楽しいしね。」
「うん。」
「僕が望む生活は。」
「うん。」
「朝起きて一緒にトーストなどを食べて、お互い会社に行くんだ。そんで帰宅して一緒に晩ご飯食べて、テレビ見て、お風呂入って、軽く映画とか見て一緒に寝るんだ。休みの日は晴れてれば布団を干して、近所の公園に散歩に行くとか、雨だったら外を眺めながらあったかいコーヒーを飲むとか、そんな生活だよ。大きい幸せは要らないんだ。大きい幸せがたまに来るより、小さい幸せを毎日感じていたい。もちろん、ミリちゃんと。」

僕が言い終わるころミリはうとうとし始めていた。布団に連れて行こうとするとミリはありがとう、と言った。つづけ。

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