コメとミリ(3)

僕はずーっと女子に接近するチャンスの糸口さえつかめないままこの年齢になってしまっていた。地元の同級生連中がコンパだコンパだ!などと浮かれまくっているときに僕は会社で徹夜して版下をしこしこ作っていたからね。金だけは持ってんだ。僕は高いんだぞ。
セックスには勿論興味あったし、でも風俗に行くのは躊躇われた。だってお店の女の子だってこんな不細工を相手にするのはいやでしょう?いくら商売だって割り切ったってだなあ。もし僕が風俗嬢で、僕が客として来たらほんと嘔吐するね。客で来た僕も嘔吐するんだろうけど。
こんな悶々とした気持ちを一生抱えて暮らすのは非常によくないってゆうか、きっと後悔が残る人生になるんだろうな。
そんなのは嫌だから僕は性に対する関心を捨てた。脳内には食欲と睡眠欲だけになった。普段の人は食欲性欲睡眠欲にパワーを使う。僕は二つにしか使わないので毎日がっつり食ってひたすら寝た。その結果このよーな宮崎駿みたいな体型になってしまったわけだ。
でもまあそれでもよい。性欲を忘れてしまってからはモテようともしなくなったし、よって女の子に関心を示さなくなり、その分仕事に集中しちゃうもんだから給料だってドスンと上がった。僕は高いんだぞ。力で来い。

ところが今目の前でかわいい寝息を立てているこの女性はどうだ。ちいさくて、あたたかくって、凛としていて、僕は見たこと無いけれど、もし天使がいるとするならば、外見はまさにミリそのものだろう。
長いまつげにそっと触れる。ミリはちょっと息を漏らす。目を開ける。
「…おいてめえこんな時間になにしてる。」
「ううう、ごめんごめん。なんもしません。もうちゃんと寝ます。」
「起きてましたよ。」
「え。」
「米井さん。ほんとになにもしてこないんですね。」
「え。」
「いやもういいんです。寝ます。」
「うん。おやすみ。」
「嘘。寝ませんよ。」
「ミリちゃん。」
「なに。」「外はね。」
「はあ。」
「さっきから雨が降っているんだ。」
「はあ。」
「ここの窓から新都心のビル見えるかなあ。」
「見えません。でも屋上からなら見えると思います。」
僕らはジャージを羽織って屋上に行った。ミリは鉄策をひょいと飛び越えて行った。僕はずるずるとよじ登った。ミリは間違いなく天使だ。神がこの世に使わした奇跡に違いない。
「さむーい。」
既にだいぶ先まで行ってしまった彼女は震えながら言った。
「さむいねえ。」
「本当にさむい。ほら、息がこんなに。」
屋上から見る新都心ビルはうすくもやが掛かっていた。ミリの肩にも僕の肩にも水滴がつき始める。雨はもう止んでいたけれど、繊維が結露していた。
「米井さんて。」
「うん。」
「いままでどんな人間関係だったか知りませんし興味も有りません。」
「うん。」
「でも米井さんの自分に対する考え方は間違っています。世の中のことって一概に言えないことばっかり。でも米井さんの考え方は間違ってるってゆうか駄目です。駄目駄目です。なんでかわかりますか。」
僕は黙ってしまった。ミリは続ける。
「米井さん、あんたはすっごい不細工だし、デブだし、仕事しか出来ない、と思ってます。いつからかは知りませんが自分をそう定義しました。そしてその定義は絶対だと思っています。違いますか。」
「あってます。」
「米井さん。あの新都心ビルはなんであそこに存在すると思いますか。」
「んー、まあそりゃあ市長が誘致したとか。」
「そんなこと聞いてんじゃねえよ。違います。そうゆう考え方はミクロ的すぎます。」
「はあ。」
「ビルは最初設計士の頭の中にありました。」
「うん。まあ、そうだ。」
「わかりませんか。」
「でんでん。」
「人間の思考が具現化したものですよ、あのビルは。ビルだけじゃないです。このアパートも、あたし達が乗ってるこのコンクリの床も、電気ポットも炊飯器も、電話機も車も冷蔵庫も、ここから見えるものは全部人間の思考、想像力かな、とにかく頭の中にあったものです。そこから作り出されたものです。想像しなければ何もないんです。なにも始まらないんです。ねえ。米井さんは自分で創造する事をやめてしまった。」
「むむむ。」
「あなたが何かを想像しなければ、頭の中ででも、作り出さなければ、米井さん、米井さんは来年の今頃も今日と同じ自分ですよ。現にあなたは、閉じこもっちゃって自分にしか興味が無い。だからあたしがどんだけあなたに欲情してるかさえわからない。」
「…うん。」
「こんなにかわいいこはあんまりいませんよ。」
「そう思う。僕だってこの一週間毎日ミリちゃんしか見てなかったよ。もうティンコだってばっきばきだし。でも僕は怖いんだ。人に色んなことを拒絶されてきた。嫌われるのは慣れてる。でも拒絶されることはとても怖いんだ。怖いんだよ。」
「あたしに拒絶されることが。」
「うん。」
ミリは目に涙を溜めていた。
「あたしが拒絶するってどうして決め付けるんですか。米井さん、さっきあたしのこと見てるって言ってましたよね。見てません。見えているところしか。あたしは拒絶なんかしたりしない。米井さんを受け入れたい。そんで米井さんのすべてを理解したい。なんでこんな簡単なことが分からないんですか。自分を理解できないでなんで人のことは分かるなんて思うんですか。不細工だからって、別にあたしさえ良ければいいじゃないですか。なんでそんなに自分を嫌うんですか。自分を愛さないでなんで他人を愛せますか。あたしはこの一週間ずっと米井さんを見ていました。米井さん、お願いだからあたしを見てよ。」
つづけ。

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