ぼくんちにハルマゲドン(1)

 菊夫がバイトから帰宅したのは深夜の2時を回ってからであった。
 鍵を取り出してノブに刺す。開かない。
 「あー…鍵かけてなかったかあ…」
 誰にとも言わずつぶやく。
 もう一度鍵を刺して開ける。
 「あれ」
 ドアを開ける手を止めた。
 部屋に人の気配がした。
 体を急激に緊張させた菊夫は「一人暮らしのフリーター、空き巣に殺害される」という見出しを想像し冷や汗をかく。
 「誰!」
 真っ暗な部屋からは返事は無い。しかし自分の目の前3メートルには明らかに誰かがいる。
 菊夫は意を決して電気のスイッチを入れる。
 現れたのは、少なくとも凶悪なものではなかった。
 「あ、こんにちは」
 ワンピース姿の女の子が立っていた。
 「え、あ、こんにちは」
 菊夫はドア横に立てかけてあった傘を握りしめたまま言った。しまった、と思った。不法侵入者に軽く挨拶するなんて、どんな治安の良い国なんだよ。
 「え、いや」
 「ここが居住家屋なんですか、地球人の」
 「そうですが、え、地球人?」
 「ちゃんと調べたんですよねー。日本の場合は人口に比べて国土が狭いので、一人当たりの居住空間が狭いと」
 「…日本の場合って…」
 「ちなみに地球で一番広い国土を持つ国はロシアで、約1700万キロ平方メートルですね。人口1.4億人として1平方キロメートルあたり8人住んでいる計算になりますね」
 「ロシア広いなあ」
 「日本の場合だと…1平方キロメートルあたり…なんと340人住んでる!日本狭い!」
 「日本狭い!」
 「ウサギ小屋と揶揄される所以が数値によって証明されている訳です」
 「うんうん、だから僕の部屋も8畳なんだよね。家賃7万円なんだよね」
 「ロシアだったら2000円くらいなんでしょうねえ」
 「でしょうねえ。…いや、あんた誰だ!どうやって入ったんだ!」
 菊夫は傘を竹刀さながら構えた。幼少時に習った剣道が今まさにその力を発揮しようとしていた。しかし情けないことに傘の先端は貧弱に折れ曲がり、震えている。
 「玄関が開いていたので…」
 「ま、それはそうなんだけど!あんた誰!そう僕が聞きたかったのはそこ!」
 女の子は一瞬考えてからにっこり笑って答えた。
 「宇宙人です。あなたから見たら」
 「宇宙人て…」
 菊夫は自称宇宙人の女の子を頭から足下まで注意深く見た。肩にかかる程度の髪、ワンピース、裸足。「宇宙人と言えば火星のタコ」くらいしか思いつかない菊夫、でも実際に目の前にいるのはどう見ても大宮辺りをうろうろしてそうな普通の女の子であった。それなのに自分のことを「宇宙人」と言い張る彼女に対して、逆に恐怖感を覚えた。しかしそんなことを口にしたら、想像も付かないような凄惨な殺され方をしそうな気がした。
 電波系だ!
 と菊夫は思った。
 「それじゃあ、あの、宇宙人さん」
 菊夫は女の子を下手に刺激しないように丁寧に、自分の言葉を一言一言確かめるように言った。
 「なんでしょう」
 「僕、その、今バイト終わってものすごい疲れてるんですね。なのでもう寝たいと思っているんですが」
 「寝る、というのはいわゆるその…」
 女の子はほほを赤らめてモジモジとうつむく。
 「いや!そんなんじゃ全然無くて!」
 「え?」
 「睡眠を取らないと明日に響くんです。なので、その、帰ってください」
 「え?」
 きょとんとする女の子の手を半ば強引にとる。そしてぐいぐいとドアにひっぱり、そのまま外に押し出す。
 「すいません!すいません!」
 「え?菊夫さん?」
 菊夫は心の底から恐怖した。なんで僕の名前知っているの?
 「すいませんほんとすいません!」
 ドアから女の子を強引に押し出しドアを閉める。
 「なんなんだ…」
 手に持っていた傘を置いて呼吸を整える。ドアの外にはもう人の気配は無かった。ホッとしてその場に腰を下ろす菊夫。
 「あの…」
 「ぎゃあ!」
 振り返ると、今外に出たはずの女の子が、部屋の真ん中で菊夫を心配そうに見ている。
 「今外に!出たよね!出たよね!」
 「…私、宇宙人ですから、このくらいはね!」
 菊夫は愕然とした。夢であることを無意識に願った。
 それからあきらめたように目をつぶって念仏を唱えた。

 
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