僕は最近になっていろいろ気付いたんだよね。
まずこのことを書く前に僕の過去の人間関係に触れなければならない。
僕は千葉で生まれて小学生の時に埼玉に引っ越した。引っ越した理由は実は僕は良く知らない。ただ当時今考えるとありえないくらい貧乏だったこと、それから父親が病的な浪費家だったことに原因の一端があるらしい。
埼玉の学校に転入してきて友達が出来たとき、なんとなく違和感をぼんやり感じた。このときの不思議な感覚は未だによく覚えていて、なんつうかこう、毎日殺人事件とか死亡事故のニュースなどを見ているくせに自分だけは死なないと感じているような妙な感覚に似ている。千葉に居るときは全く感じたことの無い新しい感覚だった。
それからしばらくして、僕の過去日記にも結構登場している高虫会リーダーこと柳澤君と出会い、その完璧なまでのしっくり加減に安心した僕は、前述した妙な感覚など忘れて彼とずっと過ごしていた。
中学を卒業し、彼と離れ離れの高校に入学してから、例の妙な感覚が戻ってきた。親しい友人の居ない学校など思春期の学生には楽しいはずなくて、結果学校にはテスト期間中くらいしか行かなくなり、毎日通学路途中の元荒川の土手でずっと小説を読んだりしていた。

社会人になってからも人間関係への違和感は続いていて、僕は飲み会だとかそういった事が本当は非常にめんどくさいくせに一人ぼっちは嫌だから、必死に周りに順応しようと必死になってゆく。

そんな感じで最近まで生きてきた。

そしてここからが本題なのですが(長い!)

結局僕は群れられないのであった。
群れたくてもそれができない。だから一人ぼっちは非常に寂しいけれど、その孤独感は何物にも変えられない開放感に繋がっているのであった。
世の中には二通りの人が居て、弱いから、寂しいから仲間を求める人、寂しいけど自由で居たいから仲間を作らない(仲間なんか少数でいいと思う)人。自分と向き合うことと、他人と向かい合うことと、どちらが楽しいか。
ちなみに僕は友人なんか要らないなんて思ったことはあんまり無くて、そりゃやっぱり遊び友達は居た方がいいに越したことは無い。ただ、まあこの世に絶対なんてないけれど、唯一確信していることは、これからの残された人生は独りで居る時間の方が多そうだってことだ。ヒャッホウ!
(本題短い!)

 

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